主の足もとに座って
浦和別所教会 山田 称子
日本のアシュラムが、スタンレー・ジョーンズ師によって紹介され60年を迎えますこと、主なる神様に感謝と主のみ名を賛美いたします。
アシュラムの醍醐味は、主なる神様との豊かな交わり(み言葉と祈り)、そして主イエス・キリストを中心とした交わり(コイノニア)によって、一人では得られない恵みと不従順な自らの姿勢、またそのような者をもみ前に招いて下さり、神様からの恩寵に気付かせて下さる祝福です。
2014年度の浦和別所教会『みことばに聴く』(第29回教会アシュラム)が、6月14日(土)19時より15日(日)15時30分まで、主日礼拝を含む形式で行われました。トータル一日弱のアシュラムです。この教会アシュラムのスタイルは、第1回の時から変わっていません。振り返りますと、アシュラム運動の60年の歴史の中に、別所教会もそのほぼ半分の年数を歩ませていただいていること、その恵みは大きなものであります。浦和別所教会にとっても、そして、神様に呼び集められた者達の集う「教会」の一人一人が、地上の歩みを主の僕として生きるために、大きな力となりました。
毎年、アシュラムに参加し主のみ前に出ることは、祝福された恵みの時です。しかし、この恵みを受けるためにアシュラムに参加しようとする人々は、限られてしまっています。今まで参加したことがある人も、時に参加したくないと思ってしまうこともあります。それは、私たちの心が、神様に向くことを喜びとする思いと、自分が神様に向き合う姿勢に不十分さ思う気持ちがあるからでしょう。しかし、その思いを持ちながらも「参加してみなさい。」との主なる神様からの迫りに後押しされて出席すると、主なる神様との素晴らしい出会いに導かれます。私自身が、何度この体験をしてきていることか。神様が語り続けていて下さること、待ち続けていて下さることに、何を持って応答すべきか分かりません。唯々、主のみ前にぬかずくことです。
別所教会のアシュラムは1987年2月に第1回目の教会アシュラムが横山義孝師の導きと、他教会からの参加者として深谷教会の伊藤愛信兄を迎えて行われました。複数教会との交わりを願い、証し人を他教会より招いて行われてきました。
第1回から第13回(2004年)まで、横山義孝牧師の指導のもとでおこなわれました。同じ年の6月に第14回を山田牧師によって少しプログラムの変更を入れながら行いました。期日も2月から6月と変更。2月は、寒さ故に体調を崩して参加で出来なくなる者もありましたので、気候の安定している6月となりました。そして、2014年には第29回みことばに聴く(教会アシュアラム)を行うことが出来ました。2010年には、第25回みことばに聴く(教会アシュアラム)を記念して、横山義孝先生に導き手としてご奉仕をして頂きました。
浦和別所教会の歩みは、1934年(昭9)8月頃に、東京田端で鉛筆工場を経営しながら、日本宣教会田端伝道所の伝道師であった初代牧師・横山英男師家族が、浦和市別所(現在・さいたま市南区別所)に住居を定めたことから始まります。この自宅を拠点として伝道活動が開始された時から、地所は借地でありました。
2014年は、伝道開始から80年が経ちました。長年、教会の境内地を取得することも祈りの中にありましたが、様々な状況から、今日まで取得はかなわずとなっていました。しかし、2012年より境内地取得のために祈りと献げものを明確化し、3年後に取得を目指すことを、教会総会の議決とし、具体的な行動を起こし進めてきました。2013年10月下旬に、神様が祈りに応えて下さった予定の土地を示して下さいました。教会員一同祈りを尚強め、主のみ心を尋ね求め、主のみ心と信じ臨時教会総会で購入の決断をしました。その後も、なおひたすら祈りを共に捧げつつ、2014年4月30日に支払いを終え、5月16日に日本基督教団浦和別所教会境内地として登記完了しました。
この大きな恵みに預かり、神様が祈りに応えて下さったことを体験できたことは別所教会全体にとって、大きな恵みの体験となりました。この恵みを日々体験しつつ歩むことが、神様からの勧めであると感じています。
また、与えられた境内地は、会堂を建てあげること、この地でみ言葉と主イエス様の救いを伝えるために備えられた場所です。このために、引き続き教会の祈りを捧げ、主の霊に導かれつつ一つとされて、主のみ足もとに座り、み旨を示され前進していきます。
私のアシュラム
浦和別所教会 山田 充広
私が受洗した35年前の日本基督教団西川口教会では、すでに「アシュラム」が教会行事として行われていました。他教会からゲストを招いて、複数教会の交わりの時を持っていました。結婚により浦和別所教会に移りましたが、ここでもアシュラムは行われており、今に至ります。二つの教会とも横山義孝牧師がアシュラムを導入されたのですが、現在、浦和別所教会では「みことばに聴く」というタイトルで、今年で第29回を数えます。
「あなたの目から塵を取らせてください(マタイ7:4口語訳)」。自分のことはさておいて、隣人のあれこれは気に掛かって、ついついアドバイスと称した意見を言いたがる、これをアシュラムではしないように求められます。結構、難儀ですよね。知ったか振りの人生経験や知恵知識と思い込んでいるものをついつい話したくて(披露したくて)しょうがない。私のアシュラムでの一番の課題だと思っています。
私は父の影響を受け、魚釣りが好きです(もっとも、最近は全然行けていませんが)。そして、釣り好きな人のご多分に漏れず、短気な性格です。我慢できず、すぐにへそを曲げるのが得意で、家族もよくまあ見放さずに付き合ってくれると感心します。そんな短気な聞かせ好きが、静まって、同じグループとなった愛兄姉の語る主との語らいを聞く。祈りの時であり、祝福の時であると感じています。
「ア・シュラム(今あるところから離れて)」主に聴くことを体験させていただきました。一度目は就職を決めるとき、二度目は結婚を決めるときです。二度とも牧師先生に承諾を得て、教会の会堂で深夜、祈りました。
父を亡くし、祖母、母、妹を見るために全国区の国家公務員ではなく地元県の職員を選びました。私の妻は牧師ですが、結婚を決める際、私が妻を支えられるに足る器であれば、主よ私を選んでください、と祈りました。
当時(或いは今でも)、家庭を持っている男性教職を迎える場合でも、各個教会の用意できる謝儀はあまり多くありません。夫に一定の給料があれば、妻の謝儀が多少であっても牧会も生活もできる、そう考えて主に迫りました。幸いにも、私共夫婦を受け入れてくださった浦和別所教会は女性教職にも大変理解が有り、待遇も大変よくしてくださいましたので、気が付くと25年の永きにわたってお世話になっている次第です。深夜、教会で祈った事が、私にとってのア・シュラム、祈りの原点になるのでしょう。
浦和別所教会では、「みことばに聴く」と題していますが、自分の課題、願いを主に祈って、主のみ言葉を聴こうと年に一度、土曜日の夕方から日曜日の午後までの時間を使って開催しています。皆さんに聞かれると恥ずかしいと思う事でも、遠慮なく主に話せる時として、もっと活性化したいのですが、皆さん遠慮勝ちな人が多いためか、マイペースなアシュラムを行っています。終了後の皆さんの顔は、輝いています。